実は競馬も好きなオイラです。
といっても最近は忙しくて、i-PATの端末も開いてなかったりするんですが(^_^;
さて、明日は第76回日本ダービー。選び抜かれた3歳馬しか出走できない、サラブレッドの中のサラブレッドを決める一戦です。今年も18頭が出走するのですが…。
出走馬の一覧を見て驚きましたよ。
18頭中15頭の父親が、かつて日本のG1レースで大活躍した名だたる馬ばかり。
G1ともなれば、かつては輸入された良血馬の産駒が目立っていたのですが、時代はうつろいましたね。
今回のダービーの出走馬の父馬をおさらいしてみます。
1番ロジユニヴァース、18番アンライバルドの父・
ネオユニヴァースは2003年のダービー馬です。この年の皐月賞も制しており、7戦6勝の2冠馬として
宝塚記念に出走し、2番人気に押されるも4着に敗れました。このレース、ネオユニヴァースから買ってたんだよなーil||li _| ̄|○ il||li 秋の菊花賞で3冠を狙うも破れ、翌春の産経大阪杯は勝ったものの
天皇賞は惨敗し、宝塚記念前に足を故障。そのまま引退しました。
2番アプレザンレーヴの父・
シンボリクリスエスは外国産馬でしたが2002年、2003年の有馬記念を連覇し、2年連続で年度代表馬にも選ばれています。もちろん、3歳時にはダービーに出走しましたが、ラストの直線でタニノギムレットに刺され、惜しくも2着。皐月賞、菊花賞には出走せず、3歳にして秋の天皇賞に出走し、勝ってしまうという快挙を成し遂げます。この時の鞍上は岡部幸雄。史上最年長G1勝利騎手ともなったのでした。2002年の有馬記念は直線で猛然と差し込み勝利。2着のタップダンスシチーが買えず、万馬券を取り損ねた思い出が(^_^;
3番フィフスペトル、14番ゴールデンチケットの父・
キングカメハメハは2004年のダービー馬です。NHKマイルカップ、ダービーの変則2冠を制し、秋の天皇賞の直前に足の故障で引退します。生涯戦績8戦7勝。短い現役生活でしたが、ひときわ大きな輝きを放っていました。
5番マッハヴェロシティ、9番ジョーカプチーノ、10番アントニオバローズの父・
マンハッタンカフェは2001年菊花賞、同年有馬記念、2002年春の天皇賞を制したステイヤーです。出走したG1はこの3戦のみ。
ステップレースで負けても本番では勝つ。こういう馬が人気が出るんですよね。02年秋には
フランスの凱旋門賞に出走しますが、これは13着に敗れ、その後に足の故障が発覚して引退。ダービーとは縁がないものの「本番に強い」血統がどうでるか。
7番ナカヤマ
フェスタの父・
ステイゴールドが表舞台で活躍したのは1998年から2001年まで。オイラは彼を通称「ミスター・セカンド」と呼んでいました。なぜか。確かに国内G1では未勝利ですが、2着、3着が多いの何のって。「迷ったときはステイゴールドが軸。なぜなら、1着は無理でも2着に入る」なんていう理屈が成り立った馬でした。国内G1では2着が最高でしたが、引退前に挑戦した香港の国際G1で優勝し、有終の美を飾りました。父がなしえなかった国内G1制覇はなるか。注目です。
11番セイウンワンダーの父・
グラスワンダーは外国産馬で1997年の2歳時にいきなり頭角を示し、
朝日杯を勝つなど「マルゼンスキーの再来」とも言われました。通称・スーパーカーとも呼ばれたマルゼンスキーは、トウショウボーイ時代の馬です。持ち込み馬ながらべらぼうに強かったのに、その出自からクラシックレース(皐月賞・ダービーなど)への出走権が無く、主戦盧騎手が「大外でもいい。賞金もいらない。実力をみたいから出させてくれ」といったのは有名な話です。さて、グラスワンダーは98年の「裏ダービー」といわれたニュージーランドトロフィを目指しますが、足の故障で断念。しかしその後復活し、有馬記念で軌跡の復活。99年も安田記念2着、宝塚記念優勝、そして有馬を2連覇しました。ああ、おいしい思い出ばかりが( ̄ー ̄)ニヤリ
12番リーチザクラウン、16番トライアンフマーチの父・
スペシャルウィークはグラスワンダーの同世代馬であり、1998年のダービー馬です。このときの鞍上は武豊。なんと、彼自身初めてのダービー制覇でした。翌年の春秋天皇賞を勝ち、ジャパンカップにも勝つなど、世代最強馬として活躍しました。なので、オイラは彼から馬券を買うのをきらい(爆)、何度負けを被ったことか(^_^; ちなみに今回出走の2頭は武豊と弟の武幸四郎が騎乗します。同じ騎手で親子制覇などという競馬らしい
ドラマがあるのか?
13番シェーンヴァルトの父・
ジャングルポケットは2001年のダービー馬です。3冠取りには失敗しますが、この年のジャパンカップを制するなど、非凡な才能のいったんは見せつけました。その才能を見抜けなかったオイラはことごとくil||li _| ̄|○ il||li
15番
アーリーロブストの父・
バブルガムフェローは1995年から97年まで活躍しました。2歳時の朝日杯を勝ちましたが、足のけがで皐月賞・ダービーへの出走を断念。その代わり、秋の天皇賞に出走し、史上初の3歳馬による天皇賞制覇を成し遂げます。鞍上は主戦の岡部幸雄ではなく、蛯名正義で、彼自身もG1初勝利でした。
17番アイアンルックの父・
アドマイヤボスは、G1勝利もなく、これといった戦績も残しませんでしたが、なぜ目立ったか。期待されたんですよねー。兄貴のアドマイヤベガがあまりにすごかったもんだから。人気は集めるんですが、
掲示板に乗るか乗らないかのレースが多かったイメージです。しかし、彼に夢を託したのは私だけではないはず。あああ。
ちなみに、残り3頭のうち、4番トップカミングは母の父が
サクラバクシンオーという、希代のスプリンターです。バクシンオーは「1400m以下では負け無し、1400m超では勝ち無し」という非常にわかりやすい馬でした(爆) 正確に言うと雨のスプリンターズステークス(1200m)で一度敗れていますが(^_^; それにしてもこれほどわかりやすい馬も珍しく、引退レース(1994年のスプリンターズステークス=G1)で単勝1.6倍の圧倒的一番人気に応え、レコード勝ちしてしまうほどの貫禄も持ち合わせました。トップカミングはすでに2000mのレースで勝っており、祖父の距離をすでに乗り越えたはず。さて、ここではどうか!?
てなわけで、昔の名馬に思いをはせつつ、今年のダービーを楽しんでみたいと思います( ̄ー ̄)ニヤリ