スバルとともにWRCでチャンピオンを取った、あのコリン・マクレーが事故死した、というのです…。
コリン・マクレーといえば、スバリストにとって英雄そのものです。
とにかく、どのコーナーも豪快にドリフトし、そのコーナーリングでファンを魅了しました。
そしてとにかく、クラッシュしまくりました(爆)
スバルを率いたプロドライブのデビッド・リチャーズをして「ノープロブレム。スペアカーはいくらでもある」と言わしめたほど。
レガシィ、そしてインプレッサを駆り、レガシィで1993年、WRC初勝利。そして、インプレッサにスイッチした後の1995年には自身初のドライバーズチャンピオン(史上最年少のおまけ付き)を獲得。その後も勝利を重ね、スバルのマニュファクチャラーズタイトル3連覇に貢献します。
1999年にフォードに移籍し、2003年にはシトロエンへ。その後、レギュラードライバーの座を失います。
オイラにとって最高のスバルドライバーといえば、コリン・マクレーでした。
まぁ、ペターも好きなんですけどね。
スバル時代も大クラッシュの連続でしたが、フォード時代もクラッシュの連続。マクレーから「マクラッシュ」を取ったら何も残らない、と思うほど攻めまくるのが身上でした。
でも、いつかはもう一度、スバルで走ってほしいドライバーでしました。昨年はパリ・ダカにもでてますし、現役続行の意志はあったでしょう。
それなのに…。
ヘリコプター事故とは…il||li _| ̄|○ il||li。
誤報であってほしい。
誤報であってほしい。
これほどそう願うニュースはありません…。
レースではあんなに不死身だったじゃないか!

コリン・マクレーのスバルインプレッサ。写真はresponse.jpより。

スバル時代のコリン・マクレー。写真はresponse.jpより
また、改めて追記します。
<追記>
誤報じゃなかったようです…。信じたくはなかったのですが…
あの、不死身のコリン・マクレーが…ヘリコプター事故で亡くなるなんて…。
5歳の息子さんと友人の方も一緒だったようです。
痛ましい。これ以外の言葉が見つかりません。
オイラがスバル好きなのは、じいちゃんがレオーネ乗りだったから、というだけではありません。
そのおかげで、親近感は元々持ってましたが、やはりマクレーの大活躍で「スバルはすごい! 速い!」ということ知り、知れば知るほど自分の嗜好に最もあった車を作っていることを認識させてくれたからです。
マクレーがいなければ、オイラはレガシィのツインターボには乗っていませんでした。これは間違いありません。
不世出の名ドライバー、コリン・マクレー、逝く。
今はただ…冥福を祈りたいと思います。


(C)TRT Communication



オイラも信じたくなかったのですが、追記したとおり、なくなったことが確認されました。
もう、ショックですね…。
そんな偉大な方をラリー界が亡くしたのは大変な痛手だと思います。
今度、そのゲームを探して買ってみます。
そうです。「コリン・マクレー・ラリー」ですね。で、このゲームのおかげで、WRC公認の某ゲームでは、ほとんどのドライバーが実名で登場する中、コリン・マクレーだけが匿名で登場してたりします。
私もデビッド・リチャーズの事故には驚きました。無事で何よりです。日本人の感覚なら「ヘリはやめとこ」なんですが、その辺は欧米人の感覚なんでしょうね…。